マスクが一番

       渡辺恵美子

 

友だちと待ち合わせをした時

ケイタイは

忘れちゃいけない物の一番だった

 

今は

マスクが一番

ケイタイは二番になった

 

なんと言っても

病気が一番こわい

病気にはなりたくない

 

ケイタイが

一番に返り咲く日はいつだろう?

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あずま屋にて

           尾崎 杏子

 

向島百花園の

野趣溢れる あずま屋に

( しつら ) えたお茶席

浴衣

( ゆかた ) をきた可愛らしい女の子が

点前

( てまえ ) をしている

 

おいしいお茶を戴いた後

竹の節のところに穴のある茶杓を拝見

「名」を伺うと「虫の声」ですと――

穴を通って涼やかな虫の声が聞こえてきそう

 

季節に 催しの趣旨に

気配りの行き届いた道具選び

日本文化の豊かさ 細やかさに触れて・・・・

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貧乏草に見送られ

        宮中雲子

 

生家を立ち去る日

見上げた大屋根のてっぺんに

貧乏草

 

一本が枝分かれして

堂々と緑を伸ばしている

 

たった十日間での家の引き渡し

家の中のことに気持ちを奪われ

屋根の上にまで目が届かなかった

 

もし気づいたとしても

容易に登れない大屋根

 

悔しかったら来てみろと

この家に留まる誇りを天に掲げている

 

貧乏草に見送られる胸の内

自ら慰める術もなく

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送り火

    渡辺真知子

 

母と二人

玄関先で送り火を焚く

 

苧殻の燃える炎が

赤く 時に青白く

さよならの掌のように

夜空に向かって揺れている

 

傍らで 九十歳を過ぎた母の口から

“父ちゃん 母ちゃん” と

幼子のような小さな声

 

闇に上る煙に溶けて

ゆっくりと昇ってゆく

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悲しい声

     西脇たみ恵

 

象は群れで暮らす

一人の寂しさを

知っているのだ

 

オランウータンは

一人で暮らす

群れて暮らす煩わしさを

知っているのだ

 

象も啼く

オランウータンも吠える

じっくりと声を聞くと

悲しみに近い声だ

 

生きる道の違いで

悲しみは測れない

象も悲しい

オランウータンも悲しい

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虫ききの会ー向島百花園で

          尾崎 杏子

 

一対の若い鈴虫を渡されて

園内に放虫してくださいとーー    

 

園内を一巡り

まだしなやかな小さな蕾の女郎花

かたい蕾の桔梗

ちらほら綻ぶ萩の花

薄の葉の下にはナンバンギセルも

遠慮がちながらも

整いつつある秋の気配

 

居心地のよさそうな草むらを探して

力いっぱい生きてね!と見送る

 

 

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夜の時刻表

      瀬野啓子

 

時刻表を開くのは

友人達と 旅をする 準備のためだったが

 

今は 楽しかった 過去の旅を

振り返る 淋しい 一人の夜更け

 

旅で出会った

花も 海も 山も

懐かしく 鮮やかに

切なく 夜の中に開く

 

グループの念願だったブルートレイン

夜の列車の窓に写っていた

友人たちの若い横顔

 

流れる時は

一人二人と闇の中へ消している

空しさばかりが 夜を走る

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摩る(さする)

        滝波万理子

 

痛くて曲がらない右手の人差し指を

ぬるま湯の中で そろそろ摩る

摩ってから

ゆっくり曲げてみる

痛さが少し軽減され ほんの少し曲がる

 

手のひらで摩りながら曲げていくのだよと

指導された ばね指のリハビリ

 

摩る 

優しい行為 労わりが伝わる

 

ふと 末期癌だった父を思い出す

あの時

体を摩ってあげればよかった…    

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よく見かける風景

        尾崎 杏子

 

電車の前の席に

若いお母さんと幼い子が乗ってきた

 

お母さんは座るや否や真剣な顔で

スマホに向かっている

 

子供はお母さんを引っぱったり 叩いたり

ネェー ネェーと何か話したそうだが

お母さんと子供は繋がっていない

 

子供との心の交流をそっちのけに

便利なものに心を奪われているお母さん

こんな可愛らしい時は

アッというまに過ぎ去ってしまうのに・・・

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生家との別れ

      宮中雲子

 

台所の天井近くに設置されている

電気のブレーカーを落とす

二〇二〇年八月二日 午後四時

これがこの家での私の最後の仕事

 

五年 私と共にあった生家

一歩外に踏み出せば

もう後戻りはできない

 

年前 母が亡くなった時

片身を削がれる思いだったが

この家は その後もずっと

母との思い出を抱き続けてくれていた

 

遺産相続の問題で

関係者と折り合いがつかず

わたしの手を離れることになったこの家

 

あえて台所の一隅にある

出入り口から出ることにしたのは

ここが一番

私の使い馴れたところだから

 

振り向かない

私が壊れてばらばらになってしまいそうだから

 

 

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