こけだま
大楠 翠
かなしいとき
さみしいとき
やるせないとき
水を張ったバケツに
そっと落とすこけだま
水をふくんだ
こけだまは
うるおって
いちにちのしまいに
ぼくのこころを
まるくしっとりと
落ち着かせる
|
祖父の笑顔が嬉しくて
宮中雲子
漁でとってきた帆立貝の殻で
祖父はお玉じゃくしを作った
小割にした竹に
帆立貝の殻を
針金でくくりつけただけのお玉じゃくし
竹筒のしゃもじ入れに
いつも二,三本立ててあった
貝殻は浅く
汁に浮いた豆腐は
すっと脇へ逃げる
ちらした刻みねぎも
何度も掬って
やっと得られるものだったが
祖父の笑顔が嬉しくて
好んで使っていた
祖父の漁の誇りだった
帆立貝の殻のお玉じゃくし
|
四つ目で見れば
渡辺恵美子
黒板の字が見えにくくなったのに
近視だと思いたくなくて
近視だと思われたくなくて
がまんしてた
がまんできなくなって
メガネ屋さんに行ったら
すぐ視力検査
‟メガネをかけた方がいいですね‟と
いろんなレンズで
見え方を調べてくれた
小さい字もはっきり見えるし
遠くを見てもボンヤリしない
二つ目より四つ目がいい
まわりが
明るく見えるようになった
|
涙がぽわっ
宮中雲子
冷たい外気に刺激されて
涙がぽわっ
シャボン玉が
目にくっついたようで
視界がぼやける
何か悲しいことがあったかと
問いかける人もいない散歩道
一人歩きの気楽さが
また一歩
涙の向こうへ歩みを誘う
|
あなたは毬
大楠翠
あなたは毬
独りきり
わたしのこころを
占める毬
あなたは毬
ひとりでに
わたしのこころで
跳ねる毬
|
二羽のとんびに
宮中雲子
大きく羽を広げて飛ぶ
二羽のとんび
朝一番 海の上の空を
我が物顔に悠然と
この町で生まれ育った母と私も
共に 目の前のとんびのように
自在に暮らしていた
とんびに母と私の姿を重ね
もう一度
あの頃のようであったらと思うが・・・
今年 母は三十三回忌
打ち消すことの出来ない
あの世と この世の隔たり
|
明治生まれの母
渡辺恵美子
母は夫に仕え従う女性だった
母に おねだりしても
“おとうさんに聞いてからね”
と必ず言った
父に言えば駄目と言われるから
母に言っているのに
“おかあさんは どう思うの?”
と聞きたかった
父の死後
何でも決めてくれる人を失って
母は 一体どうするのだろう?
まだ大学生だった私は
退学せざるを得ないと覚悟した
私の心配をよそに
母は誰にも頼らなかった
明治生まれの母の本当の姿を
垣間見る思いだった
|
ありがとうとさようなら
宮中雲子
宮中雲子音楽祭と 私の命と
どちらが先に終りを迎えるか
その気がかりは
ずっと私の心にあった
コロナ禍で四回パス
今年 二十三回目を開催
それが最終回に
音楽祭を支えて下さった方々の
高齢化も然ることながら
私も八十八歳
一人旅は覚束なくなってきた
私の詩が合唱曲になり
課題曲として歌われ
三瓶の町に響く
それが最後となる今年
続けてもらった感謝を
皆さんに 直に伝えることができる
ありがとう
さようなら宮中雲子音楽祭
|
かあさんの字
渡辺恵美子
小包に
必ず入っている母からの手紙
達筆(?)すぎて読みにくい文字
自己流の草書
恵美ちゃん元気?
母は元気です
寒くなったから かぜをひかないように
うがいと手洗いを忘れないで・・・
電話で聞いているのと ほぼ同じだから
何とか わかる
もっと 読み易く書いて とは言わない
これは かあさんの字
かあさんしか書けない字
|
敬老の日の贈り物
宮中雲子
暖房の熱に耐えきれなかったか
連なり咲いた花を
次々落とした胡蝶蘭
釣り竿のような三本の茎に
それぞれ萎んで一つづつ
敬老の日から二か月
濃いピンクの胡蝶蘭は
贈り主の思いを
伝え続けてくれていた
一番きれいだった日の華やぎも
近づく別れの淋しさも
心にしっかり貼り付ける
|
|
|