賑わって
安井和美
ひとりで本ばかりじゃ
さびしいねなんて言わないで
物語にドキドキワクワク
時にはブルーになって
楽しみも喜びも悲しみさえも
私の心
こんなにも賑わっている
散歩は仲間と行けば
楽しいのになんて言わないで
一人なら思いのまま好きなところへ
どこまでも行ける
胸のときめき 出会いの嬉しさ
ひとりの時間
こんなにも賑わっている
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透けた月
岩原陽子
冬の眩しい青空に
うっすらと白い月
海にうかぶクラゲのように
半分透けた白い月
空の青さに
とけてしまいそうな
目をはなすと
消えてしまいそうな
小さい白い月を
掬いたくて手を伸ばす
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東京マラソンを
澤井克子
浅草橋の
長い階段を降りたら
四人づつ並んで
東京マラソンの行列が
道路の反対側を走っている
こちら側は
折り返しの浅草に向かって
パラパラ走っている
見学している人達は
がんばれの声援と
拍手喝采している
おもいがけなく
東京マラソンに出合えた
いつのまにか
東京マラソンの応援している自分に
驚かされたりして
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魔法のボタン
中原千津子
ズボンのジッパーの
一つあるボタンが取れた
見てみぬ振りして 三か月
不自由はないけれど
何という精神の凋落ぶり
女のすることじゃないなんて
時代遅れの叱責はまぬがれても
この甘ったれた怠惰は実に恥ずかしい
夕暮れにはかすむ目と指で 糸を通す
失敗を念頭に 精神統一
あっ いっぺんで成功!
信じられない
脳から 幸せホルモンのオキシトシンが
溢れだし うっとり!
幸せに満たされる
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影絵
渡辺真知子
窓から差し込む陽の光が
床にスクリーンを作って見せる
映し出されるのは
幼い私の小さな指
覚えたての狐の影絵で母を呼ぶ
― こんこん かあさん
若いころの母の指も重なって
― こんこん 何のご用
あの頃の日々は
空の向こうで影絵となって
時折 私の心を慰めに
陽だまりの中に訪れる
」
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気をつけて
安井和美
街中の商店街で
尻尾を上下に動かして
急ぎ足に歩き回るハクセキレイ
野鳥だというのに
人の足元近くまで寄って来て
逃げようともしない人懐っこさ
道の向こう側に渡りたいようだけれど
行きかけては 車が来てと
行きつ戻りつを繰り返している
人を恐れない親しみやすさと
愛らしい一生懸命な様子に
ハラハラしながらも
気をつけて渡ってと
心の中で声援を送っている
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「お父さんっ子」と思っていたのに
宮本未知子
どこへ行くのも
父と一緒
父と手をつなぎ
早足の父に 歩幅を合わせ
得意顔で母をみる
「この子はお父さんっ子だから」
母はそう言って笑っていた
ずっと
ずっと
「私はお父さんっ子」
あの思いはどこへ
今 思い出すのは
母との事ばかり
母の写真を前に
「もう一度会いたい」
と思う日々
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はまやらわ
中原千津子
小鳥もまだねむる 夜明け前
老いた わたしの脳は働き始める
脳内の記憶の引き出しを開いて
忘れた友の名前を捜す
ファミリーネーム
泣きそうになってさがす
最初の一字
あいうえお かきくけこ
思い出せない
もうだめか
あかさたな はまやらわ
わっ わだ
和田だ
記憶の下の名と揃えてみても
何か よそよそしい
もう遠い人
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二月の青空
北野千賀
凍りそうな 冷たい空気でも
二月の青空は
天高く 澄み渡っている
ただ どんなに寒くて辛くても
耐えていれば 三月を迎える
見上げれば
白梅が 青空に映えている
そして 陽の光は 優しく顔を温め
春の陽光(ひかり) そのもの
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風で落ち葉が
澤井克子
歩道の落葉を掃いていたら
赤いランドセルを背負った
小さな女の子が通った
行ってらっしゃいって
声をかけたら
行って来ると言った
一年生だな
そのうち
行って来ますと
言えるようになるだろう
風で落葉が
女の子を追いかけている
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